失語

市井に生まれ、そだち、生活し、老いて死ぬまで

派手なものを選ばない理由

自分に付加価値を足すもの(メイクやファッション、貴金属)に関して
「(性格や周りの友達の雰囲気の割には)結構保守的だよね」と言われることの多い私。

確かにそのもの自体がド派手とかインパクト絶大とかっていうアイテムを選ぶことってあまりないし、ヘアメイクやネイルもコンサバティブだと思う。

アイテムそのものをかわいい!と思って買っても、全然使わなかったり。

もちろん、本当に地味なものを好む人に比べれば十分派手だろうし、元々アパレルにいたくらいだから奇抜なファッションへの拒否感は全くない。友人にはそのド派手を生業としてるような人もいるのになんでだろう…って考えたとき、
「わたしはわたし自身のパッと見をレベルアップしてくれるものに惹かれる価値観なんだな」って思った。

 

例えば毎月行ってるネイル。

基本的に少し長めのバレリーナオーバル+クリアで血色感のあるカラー、ほんのちょっとのアート、がベースで大きく変えることはあまりない。

一つひとつが作品みたいなネイルもステキだし憧れもあるけど、
わたしはこのネイルをすることで指を少しでも長く見せられたり、所作が上品に見えることのほうが好きなんだよね。

 

髪の毛も、カットカラーが派手なことよりも、肌がきれいに見えるか、痛みが目立たないかの方が優先度が高い。
こまめにケアできる性格と財力がある人はどんなスタイルでもいいけども、保つ努力ができないのであればわたしは上品さをできるだけ維持できる方を選ぶな。

 

いわゆる「パーソナルカラーや骨格なんか気にせず好きなものを身に着けたらいいじゃん!」
ってのもごもっともだし理屈もしごく当然。

だけどわたしは、“似合わないけど好きだから着よう”“流行ってるから取り入れよう”はほとんどやらなくなった。
もちろん昔はとにかく何でもトライしてなんぼで、エラーがたくさんあったからこそ今そう思えるんだろうけどね。失敗がなければ正解もわからんもの。

色々な選択をするときに“そのものに目がいく”ものより“それをまとった自分に目がいく”ほうが好みなんだよな、結局。どちらがいいとかではなく、価値観の問題。

 

そういう、自分の欠点を補いつつ、いいところをよりよく見せてくれるものがわかっていき、ストックされていく過程がとても“大人”という感じがある。